問1 P社は、保有する甲事業をS社に分離移転し、その対価としてS社が新たに発行する株式300株を取得した。これによりS社はP社の連結子会社となった。P社の個別会計上、甲事業の帳簿価額は資産6,000千円、負債800千円であった。この事業分離に伴うP社の個別仕訳を示しなさい。
問2 上記問1のケースにおいて、S社の個別会計上の処理を示しなさい。S社は甲事業の移転を受けた対価として株式300株をP社に交付した。S社の増加する株主資本のうち40%を資本金とすることとする。
問3 P社はS社に対し、甲事業を分離移転し、対価としてS社株式300株を受け取った。これによりS社はP社の連結子会社となった。事業移転直前のS社の発行済株式総数は200株、純資産は資本金3,000千円、資本剰余金400千円、利益剰余金200千円、評価差額600千円であった。甲事業の事業価値(時価)は7,500千円である。この事業分離前のS社部分の連結修正仕訳において計上される「のれん」の金額を算定しなさい。
問4 P社は複数事業を営んでおり、前期末に設立されたS社の株式を60%保有している。P社は×1年3月31日にその事業の一部である甲事業を分離し、S社に移転した。S社は対価として現金7,200千円を支払った。甲事業の資産の帳簿価額は6,000千円、負債の帳簿価額は800千円であった。この事業分離に伴うP社の個別仕訳を示しなさい。
問5 上記問4のケースにおいて、S社は甲事業の移転を受け、甲事業資産6,000千円、甲事業負債800千円を帳簿価額で引き継ぎ、対価として現金7,200千円を支払った。これによりS社は『のれん』2,000千円を計上している。P社は上記問4の仕訳で『移転損益(利益剰余金)』2,000千円を計上している。この場合、連結修正仕訳で消去される『移転損益』と『のれん』の金額を算定しなさい。
問1 解答
借方 | 金額 (千円) | 貸方 | 金額 (千円) |
---|---|---|---|
甲事業負債 | 800 | 甲事業資産 | 6,000 |
S社株式 | 5,200 |
問2 解答
借方 | 金額 (千円) | 貸方 | 金額 (千円) |
---|---|---|---|
甲事業資産 | 6,000 | 甲事業負債 | 800 |
資本金 | 2,080 | ||
資本剰余金 | 3,120 |
問3 解答
のれんの金額:4,980千円
問4 解答
借方 | 金額 (千円) | 貸方 | 金額 (千円) |
---|---|---|---|
甲事業負債 | 800 | 甲事業資産 | 6,000 |
現金 | 7,200 | 移転損益(利益剰余金) | 2,000 |
問5 解答
消去される『移転損益』の金額:2,000千円 消去される『のれん』の金額:2,000千円
事業分離の計算(連結上の処理)の基礎
事業分離とは、企業が特定の事業部門を切り離し、独立した企業として存続させる、あるいは他社に譲渡する取引を指します。簿記1級では、この事業分離が行われた際の連結会計上の処理が重要な論点となります。特に、事業分離が親会社と子会社の関係に影響を与える場合や、共通支配下の取引に該当する場合など、複雑な会計処理が求められます。
連結上の処理を考える上で、事業分離のケースは大きく以下の2つに分類できます。
- 対価が株式で、かつ、分離先企業が新たに子会社になるケース
- 対価が現金で、かつ、分離先企業が子会社のケース
それぞれのケースについて、個別会計上の処理から連結会計上の処理まで、詳しく見ていきましょう。
1.対価が株式で、かつ、分離先企業が新たに子会社になるケース
このケースは、分離元企業が事業を分離先企業に移転し、その対価として分離先企業の新株を受け取ることで、分離先企業が分離元企業の子会社となる場合を指します。
個別上の処理
まず、分離元企業の個別会計上の処理についてです。分離元企業は、事業を移転したものの、その対価として分離先企業の株式を受け取っているため、投資が継続しているとみなされます。したがって、原則として移転損益は認識しません。
次に、分離先企業の個別会計上の処理です。分離先企業は新株を交付しているため、一見すると取得企業のように見えますが、結果として分離元企業の子会社となるため、これは逆取得に該当するケースとなります。逆取得の場合、資産・負債は適正な帳簿価額により引き継ぐのが原則です。
連結上の処理
これらの個別上の処理を行った後、親会社である分離元企業の立場から連結財務諸表を作成します。このケースの連結上の処理は、連結子会社の中に「0%→60%」となる部分(事業分離前の分離先企業部分、図のA)と、「100%→60%」となる部分(移転事業部分、図のB)が生じるため、それぞれ別に会計処理を考える必要があります。
事業分離前の分離先企業(A)部分の会計処理
この部分は、分離元企業の分離先企業に対する持分が0%から60%に増加した、つまり新たに60%を取得したケースとして会計処理を行います。連結上の取得企業は分離元企業となります。
取得原価の算定においては、パーチェス法を適用し、時価で算定します。この場合の時価(取得原価)は「移転した事業の事業価値(甲事業の時価)」をもって算定するのがポイントです。これは、事業が単なる個別の資産・負債の集合ではなく、組織化されて有機的に機能する一体としての価値を持つことを考慮したものです。個別上は移転損益を認識しませんでしたが、連結上はパーチェス法を適用するため、差額は「のれんまたは負ののれん」として計上されます。
移転事業(B)部分の会計処理
この部分は、元々分離元企業の一部(持分100%)であった事業が、事業分離後は子会社である分離先企業の一部(持分60%)となったため、分離元企業の持分が40%減少したと考えられます。この持分の減少は、「子会社株式の一部売却のケース」に準じて会計処理を考えます。
非支配株主との取引は資本取引に該当するため、持分変動によって生じた差額は資本剰余金(連結上は「その他資本剰余金」に該当)として処理します。具体的には、時価と持分変動額(非支配株主持分増加額)の差額が資本剰余金として計上されることになります。
2.対価が現金で、かつ、分離先企業が子会社のケース
このケースは、分離元企業が事業を分離先企業に移転し、その対価として現金を受け取るものの、事業分離の前後で分離先企業が引き続き分離元企業の子会社である場合を指します。
個別上の処理
通常、「事業分離の対価が現金のケース」では、投資が清算されたものと考えられ、移転損益が認識されるのが一般的です。
しかし、このケースでは、事業分離の前後で分離先企業が子会社のままであるため、共通支配下の取引に該当します。共通支配下の取引の場合、原則として分離元企業では投資が継続しているとみなされるため、移転損益は計上しないこととされています。また、分離先企業も、原則としてはのれんを計上しません。
ところが、このケースでは対価が現金であるため、移転資産・負債の簿価と対価の差額が生じる場合があります。この差額については、移転損益として認識せざるを得ないことになります。
(設例のP社の個別仕訳では、現金7,200千円と甲事業資産6,000千円、甲事業負債800千円の差額2,000千円を移転損益として認識しています。)
連結上の処理
個別上の処理で認識せざるを得なかった移転損益は、連結上では特別な処理が必要です。具体的には、分離元企業が計上した『移転損益』と、分離先企業が計上した『のれん』を相殺消去します。この処理は、成果連結における未実現利益の消去などと同様の考え方に基づいています。これにより、共通支配下の取引として、企業グループ全体の視点からは移転損益やのれんが生じなかったものとして修正されます。
問題解説
問1 解説
この問題は、「対価が株式で、かつ、分離先企業が新たに子会社になるケース」における分離元企業(P社)の個別会計上の処理を問うものです。P社は甲事業をS社に移転し、その対価としてS社株式を受け取っています。この場合、P社にとっては、事業がS社という子会社の一部となるため、投資が継続しているとみなされます。そのため、原則として事業移転に伴う損益(移転損益)は個別上は認識しません。
仕訳においては、移転した甲事業の資産と負債を帳簿価額で減少させ、その対価として受け取ったS社株式を資産として計上します。S社株式の取得価額は、移転した甲事業の純資産額(資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を差し引いた金額)となります。
- 甲事業資産:6,000千円(貸方で減少)
- 甲事業負債:800千円(借方で減少)
- S社株式:6,000千円 - 800千円 = 5,200千円(借方で増加)
この仕訳は、事業の移転に伴う個別上の資産の組み換えを示しており、連結上の処理とは異なる考え方で成り立っています。投資が継続しているという考え方が根底にあるため、損益は発生しない点が重要です。
問2 解説
問1と同様、「対価が株式で、かつ、分離先企業が新たに子会社になるケース」における分離先企業(S社)の個別会計上の処理を問う問題です。S社は甲事業を受け入れ、対価として自社の新株をP社に交付しています。結果としてS社はP社の子会社となるため、この取引は逆取得に該当します。
逆取得の場合、分離先企業は移転を受けた資産・負債を適正な帳簿価額で引き継ぐことになります。また、対価として交付した株式については、増加する株主資本のうち40%を資本金、残りを資本剰余金として計上します。
- 甲事業資産:6,000千円(借方で増加)
- 甲事業負債:800千円(貸方で増加)
株主資本の増加額は、受け入れた甲事業の純資産額(資産6,000千円 - 負債800千円 = 5,200千円)に相当します。この5,200千円を資本金と資本剰余金に配分します。
- 資本金:5,200千円 × 40% = 2,080千円(貸方で増加)
- 資本剰余金:5,200千円 × 60% = 3,120千円(貸方で増加)
S社が資産・負債を帳簿価額で引き継ぎ、対価として株式を交付することで、その価値が増加したことを株主資本の増加として表しています。逆取得の特性として、時価評価ではなく帳簿価額が採用される点がポイントです。
問3 解説
この問題は、「対価が株式で、かつ、分離先企業が新たに子会社になるケース」における連結修正仕訳で計上される「のれん」の金額を算定するものです。連結会計では、事業分離前のS社部分を「新たにP社が60%取得したケース」として扱います。
「事業分離前のS社」の取得原価を算定する際には、パーチェス法を適用し、時価で評価します。このケースでは、P社が譲渡した甲事業の「事業価値(時価)」をもってS社の取得原価を算定します。甲事業の事業価値が7,500千円とされているため、これがP社がS社を取得した際の取得原価となります。
次に、取得したS社の事業分離前の純資産のP社持分相当額を計算します。 事業分離前のS社の純資産は以下の通りです:
- 資本金:3,000千円
- 資本剰余金:400千円
- 利益剰余金:200千円
- 評価差額:600千円 (時価評価によって生じた差額) 合計純資産 = 3,000 + 400 + 200 + 600 = 4,200千円
P社のS社に対する持分比率は、S社の発行済株式総数が200株、P社が新たに取得した株式が300株であるため:
- 持分比率 = 300株 ÷ (200株 + 300株) = 300株 ÷ 500株 = 60%
したがって、P社持分相当額は:
- P社持分相当額 = 4,200千円 × 60% = 2,520千円
のれんは、取得原価とP社持分相当額の差額で計算されます:
- のれん = 取得原価 - P社持分相当額
- のれん = 7,500千円 - 2,520千円 = 4,980千円
この計算過程において、事業価値を基に取得原価を算定すること、そしてS社の純資産を正しく把握し、P社の持分比率を適用することが重要です。
問4 解説
この問題は、「対価が現金で、かつ、分離先企業が子会社のケース」における分離元企業(P社)の個別会計上の処理を問うものです。P社はすでにS社の株式を60%保有しており、事業分離後もS社は子会社のままです。このような取引は共通支配下の取引に該当します。
共通支配下の取引の原則では、分離元企業では投資が継続しているとみなされるため、移転損益は計上しないのが原則です。しかし、対価が現金である場合、移転した事業の帳簿価額と受け取った現金対価との間に差額が生じることがあり、この差額を移転損益として認識せざるを得ないことになります。
今回のケースでは、
- 甲事業資産(帳簿価額):6,000千円(貸方で減少)
- 甲事業負債(帳簿価額):800千円(借方で減少)
- 現金対価:7,200千円(借方で増加)
現金対価と移転した事業の純資産額の差額を計算します。
- 甲事業の純資産(帳簿価額) = 6,000千円 - 800千円 = 5,200千円
- 差額 = 受取現金7,200千円 - 甲事業純資産5,200千円 = 2,000千円
この差額2,000千円が**移転損益(利益剰余金)**として計上されます。対価が現金であることで、共通支配下の取引の原則に例外が生じる点に注意が必要です。
問5 解説
この問題は、「対価が現金で、かつ、分離先企業が子会社のケース」において、個別上で認識された移転損益と、分離先企業が計上したのれんを連結修正仕訳でどのように処理するかを問うものです。
このケースは共通支配下の取引に該当し、原則として連結上は移転損益やのれんは計上されません。しかし、個別会計上は対価が現金であるために、分離元企業で『移転損益』が、分離先企業で『のれん』が認識されてしまうことがあります。
連結財務諸表を作成する際には、企業グループ全体から見た実態を反映させるため、個別上で認識されたこれらの項目を消去する必要があります。具体的には、分離元企業が計上した『移転損益』と、分離先企業が計上した『のれん』を相殺消去します。
問題文では、P社が『移転損益(利益剰余金)』を2,000千円、S社が『のれん』を2,000千円それぞれ計上していると明示されています。これらは個別上の処理であり、連結上は共通支配下の取引であるため、この損益やのれんはなかったものとして修正します。
したがって、連結修正仕訳で消去される『移転損益』と『のれん』の金額は、それぞれ2,000千円となります。この処理は、成果連結における未実現利益の消去と同様に、連結グループ内部での取引によって生じた損益を外部に認識させないための調整です。
まとめ
- ポイント1:事業分離の主要な分類 連結会計における事業分離の計算は、「対価が株式で、分離先企業が新たに子会社になるケース」と「対価が現金で、分離先企業が既存子会社であるケース」の2つのパターンに大別されます。
- ポイント2:株式対価・新規子会社ケースの個別処理 このケースでは、分離元企業は投資継続とみなし移転損益を認識せず、分離先企業は逆取得として資産・負債を帳簿価額で引き継ぎます。この逆取得の論点は、過去問での出題頻度が非常に高いです。
- ポイント3:株式対価・新規子会社ケースの連結処理 連結上は、「事業分離前の分離先企業(A)」と「移転事業(B)」に分けて処理します。A部分は新たな取得として事業価値(時価)をベースにパーチェス法を適用し、B部分は子会社株式の一部売却に準じて持分変動差額を資本剰余金として処理します。
- ポイント4:現金対価・既存子会社ケースの個別処理 このケースは共通支配下の取引に該当します。原則として移転損益は計上しませんが、対価が現金であるため、差額が生じた場合には個別上移転損益(またはのれん)を認識せざるを得ないことがあります。
- ポイント5:現金対価・既存子会社ケースの連結処理 個別上で認識した分離元企業の『移転損益』と、分離先企業の『のれん』は、連結上では相殺消去されることが原則です。これは、未実現利益の消去と同様の考え方に基づいています。