【設定資料】
当社(日本法人)はX国に在外支店(ドル建て)を設けている。以下の資料に基づき、各問に答えなさい。
項目 | ドル額 | 換算レート(/ドル) |
---|---|---|
期末現金及び預金 | $10,000 | CR:120円 |
売掛金 | $15,000 | CR:120円 |
建物(期首取得) | $50,000 | HR(取得時):130円 |
買掛金 | $8,000 | CR:120円 |
本店勘定 | $60,000 | 本支店間取引HR:125円 |
期間中のレート | 122円/ドル |
---|---|
建物の減価償却費(P/L) | $5,000 |
売上高(P/L) | $40,000 |
※売上高は期中平均レート(AR)で換算することとする。 ※計算結果に小数点以下の端数が生じた場合は、円未満を四捨五入しなさい。
問1
上記資料に基づき、在外支店のB/S項目(資産、負債、本店勘定)の合計円換算額を求めなさい。
問2
問1で計算したB/S項目の換算結果を利用し、在外支店の円建ての当期純利益を算定しなさい。
問3(仕訳問題)
在外支店の財務諸表換算における『貸倒引当金繰入額 $1,500』の円換算処理について仕訳を示しなさい。ただし、貸倒引当金繰入額は、例外規定によりCR(120円/ドル)で換算するものとする。
問4(計算問題)
P/L項目における円建ての減価償却費の金額を算定しなさい。
問5(選択肢問題)
在外支店の財務諸表の換算手順に関する記述として、最も適切なものを選びなさい。
A. P/L項目の貸借差額を当期純利益とし、その後にB/S項目を換算する。
B. B/S項目を換算する際に、本店勘定の換算には決算日レート(CR)を用いる。
C. B/S項目を換算し貸借差額を当期純利益とした後、P/L項目を換算し貸借差額を為替差損益とする。
D. 棚卸資産は非貨幣項目であるが、実務上の便宜から常に期中平均レート(AR)で換算する。
問1 解答
資産合計:9,500,000円 負債合計:960,000円 本店勘定:7,500,000円
問2 解答
1,040,000円
\( 9,500,000 – (960,000 + 7,500,000) = 1,040,000 \)問3 解答(仕訳)
借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
---|---|---|---|
貸倒引当金繰入額 | 180,000 | 貸倒引当金 | 180,000 |
問4 解答
650,000円
\( 5,000 \text{ドル} \times 130 \text{円/ドル} = 650,000 \text{円} \)問5 解答
C. B/S項目を換算し貸借差額を当期純利益とした後、P/L項目を換算し貸借差額を為替差損益とする。
在外支店の財務諸表項目の換算:テンポラル法による処理
1. 外貨建て財務諸表を円貨に換算する必要性
外国に支店(在外支店)を持つ場合、支店の財務諸表は外貨建てで作成されます。一方、本店の財務諸表は円建てです。企業全体の財務状況を把握するために、本支店を合併した本支店合併財務諸表を作成する際には、在外支店の外貨表示財務諸表を円に換算する必要があります。
この換算処理は、本店が、あたかも外国の在外支店において直接取引を行っているかのように考えて行う、「本国主義」という考え方に基づいています。
2. 換算の基本的な考え方:テンポラル法
在外支店の財務諸表を円に換算する際には、「テンポラル法」という考え方が採用されます。このテンポラル法が採用されるのは、在外支店の財務諸表の換算が、本国にある本店における外貨建項目の換算と整合するようにするためです。
テンポラル法の基本的な原則は、各項目の評価額と換算レートを時間的に一致させることにより、数字の持つ意味(属性)を維持した換算を行うという点にあります。
具体的には、以下のルールで換算レートを使い分けます。
2-1. 時価評価項目(貨幣項目)の換算
時価評価されている項目、および貨幣項目(現金、売掛金、買掛金など、為替レートの変動により価値が直接変動する項目)は、**決算日の為替レート(CR:Current Rate)**で換算されます。
CR換算する主な項目(貨幣項目)
- 現金(外国通貨)
- 預金(外貨預金)
- 受取手形、売掛金、未収入金、貸付金
- 支払手形、買掛金、未払金、借入金
- 未収収益、未払費用
2-2. 取得原価評価項目(非貨幣項目)の換算
取得原価で評価されている項目、および非貨幣項目(有形固定資産、棚卸資産など)は、原則として**取引発生時の為替レート(HR:Historical Rate)**で換算されます。
HR換算する主な項目(非貨幣項目)
- 棚卸資産
- 有形固定資産、無形固定資産
- 前払金、前渡金、前受金
- 繰延資産
3. 換算の具体的な手順と例外処理
在外支店の財務諸表の換算は、本店における外貨建取引の処理と同様に、基本的に**B/S(貸借対照表)→ P/L(損益計算書)**の順に換算を行います(収支額基準)。
3-1. B/S項目の換算手順
- 資産、負債を上記のテンポラル法(CRまたはHR)に基づき換算します。
- 『本店』勘定は、本店側の『支店』勘定と相殺する必要があるため、本支店間取引のHR(取引発生時のレート)、つまり本店側で計上されている円換算額をそのまま使用します。
- 円換算後のB/Sの貸借差額を算定し、これを支店の**『当期純利益』**とします。
3-2. P/L項目の換算手順と為替差損益
- B/Sで算定した支店の『当期純利益』をそのままP/Lに移記します。
- 収益、費用を各項目ごとに換算します。原則として取引発生時のレートを使用しますが、実務上の便宜から**期中平均レート(AR:Average Rate)**を用いることも容認されます(問題文の指示に従います)。
- 『本店仕入』勘定は、本店側の『支店売上』勘定と相殺するため、本支店間取引のHR(本店側計上額)を使用します。
- 特定のP/L項目については、使用する換算レートに例外規定があります。
P/L項目 | 換算レート | 理由/根拠 |
---|---|---|
減価償却費 | 対象の有形固定資産のHR | 固定資産自体がHR換算されているため、その費用配分もHRで行う。 |
貸倒引当金繰入額 | 対象となる債権の換算レート(CR) | 債権(売掛金など)がCR換算されるため、その評価額に基づく費用もCRで換算する。 |
仕入(売上原価) | 実質的な加重平均レート | 期首商品、当期仕入、期末商品それぞれのレートを反映するため、売上原価全体として特定のレートを使用せず算定されます。 |
- 円換算後のP/Lの貸借差額を算定し、これを**『為替差損益』**として処理します。
4. 換算のパラドックス
テンポラル法により換算を行うと、為替レートの変動が大きい場合に、「換算のパラドックス」という現象が生じることがあります。
これは、外貨ベースでは利益が出ているにもかかわらず、円に換算すると損失になってしまう現象です。これは、項目ごとに適用されるレートが異なることによって発生します。
問題解説
問1 解説
この問題は、テンポラル法に基づき、B/S項目を正しく分類し、適用すべき換算レート(CRまたはHR)を識別できるかを問う計算問題です。特に、本店勘定が相殺の観点から特別なレート(本支店間取引HR)を使用することに着目する必要があります。
【解法手順】
- 項目の分類とレートの適用:
- 現金/預金、売掛金、買掛金は貨幣項目(時価評価項目)であるため、**CR(120円)**を適用します。
- 建物は非貨幣項目(取得原価評価項目)であるため、**HR(130円)**を適用します。
- 本店勘定は相殺のため、指定された**本支店間取引HR(125円)**を適用します。
- 各項目の円換算額の計算:
- 現金及び預金:10,000 x 120 = 1,200,000円
- 売掛金:15,000 x120 = 1,800,000円
- 建物:50,000 x 130 = 6,500,000円
- 買掛金:8,000 x 120 = 960,000円
- 本店勘定:60,000 x 125 = 7,500,000円 (本店の帳簿価額を使用)
- 合計額の算出:
- 資産合計:1,200,000 + 1,800,000 + 6,500,000 = 9,500,000円
- 負債合計:960,000円
- 本店勘定:7,500,000円
この問題のポイントは、外貨建ての貸借対照表を単なる総平均レートなどで一律に換算するのではなく、属性(貨幣性・非貨幣性)に応じてレートを使い分けるテンポラル法の考え方を理解することです。
問2 解説
問2は、在外支店のB/S換算手順の核心部分、すなわち「当期純利益」の算定方法を問う問題です。テンポラル法では、まずB/Sを換算し、資本項目のうち、本店勘定以外の貸借差額を当期純利益として算定します。この考え方は、本店における外貨建取引の処理手順(収支額基準)と整合させるためです。
【解法手順】
- B/S換算後の合計額を使用: 問1で算定した円換算額を使用します。
- 資産合計(借方合計):9,500,000円
- 負債合計(貸方合計):960,000円
- 本店勘定(資本項目の一部、貸方):7,500,000円
- 当期純利益の算定 (貸借差額):
- 円換算後のB/Sは、以下の式が成立します。
当期純利益は、借方合計から貸方項目(負債+本店勘定)を差し引いた差額となります。
\( \text{当期純利益} = 9,500,000 – (960,000 + 7,500,000) \) \( \text{当期純利益} = 9,500,000 – 8,460,000 = 1,040,000 \text{円} \)仮にこの計算結果がマイナスになった場合、外貨ベースで利益が出ていても、円換算では損失になる「換算のパラドックス」が生じている可能性を示唆します。ここでは正の差額が出たため、これが当期純利益となります。
問3 解説
この問題は、P/L項目の中でも例外的に特定のレートが適用される項目に関する仕訳を問うものです。P/L項目は原則として取引発生時のレート(またはAR)を使用しますが、貸倒引当金繰入額は、関連する債権(売掛金など)がCR(決算日レート)で換算されるため、その属性に合わせてCRで換算するというルールが適用されます。
【解法手順】
- 円換算額の計算:
- 貸倒引当金繰入額 $1,500 \times 120円/ドル = 180,000円$
- 在外支店のP/L処理:
- 貸倒引当金繰入額は費用項目であり、対応する貸方は貸倒引当金(B/S項目)です。
- 仕訳は、費用(借方)と引当金(貸方)の増加を計上します。
借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
---|---|---|---|
貸倒引当金繰入額 | 180,000 | 貸倒引当金 | 180,000 |
この例外規定の知識は非常に重要です。減価償却費が対象資産のHRを用いるのに対し、繰入額は対象債権(貨幣項目)に倣ってCRを用いるという違いを明確に覚えておく必要があります。
問4 解説
この問題は、P/L項目の中でもう一つの重要な例外規定である「減価償却費」の換算レート適用を問うものです。減価償却費は、それに関連する有形固定資産が取得原価に基づいてHRで換算されるため、費用配分である減価償却費も、その資産の**HR(取得時レート)**で換算されます。
【解法手順】
- 適用すべきレートの識別:
- 減価償却費は、対象資産(建物)のHR(130円/ドル)を適用します。
- 一般の収益・費用項目の換算レート(AR:122円/ドル)と混同しないように注意が必要です。
- 円換算額の計算:
- 減価償却費 5,000 x 130円/ドル = 650,000円
P/L項目は原則としてARまたは取引時のレートを使用しますが、減価償却費のようにB/S項目の属性を継承する項目(非貨幣項目の費用配分)については、HRが使われるというロジックを理解することが、テンポラル法の理解に繋がります。
問5 解説
この問題は、在外支店の財務諸表の換算手順と換算レートに関する基本的な知識、特にB/SとP/Lの換算順序と、各項目の適用レートに関する原則を問うものです。
- Aの誤り: 換算はB/S→P/Lの順に行います。当期純利益はB/Sの貸借差額として算定されます。
- Bの誤り: 本店勘定は相殺の必要性から、本支店間取引のHR(本店側計上額)を使用し、CRは使用しません。
- Cの正しさ: 在外支店の換算は、まずB/Sを換算し貸借差額を『当期純利益』とします。次にP/Lを換算し、その貸借差額を『為替差損益』とします。これは正しい手順です。
- Dの誤り: 棚卸資産は非貨幣項目であるため、原則としてHR(取引発生時レート)で換算します。ARを使用するのは、原則としてP/Lの収益・費用項目(容認処理として)です。
したがって、換算の流れを正確に説明している選択肢Cが最も適切です。
まとめ
ポイント1:換算の原則 在外支店の財務諸表換算は、本店が直接取引を行ったとみなす本国主義に基づき、本店における外貨建取引の換算と整合させるためにテンポラル法を採用します。
ポイント2:換算レートの使い分け テンポラル法では、評価属性を維持するため、時価評価項目や貨幣項目はCR(決算日レート)、**取得原価評価項目や非貨幣項目はHR(取引発生時レート)**で換算します。
ポイント3:換算手順の順序 換算は、基本的にB/S(貸借対照表)項目を先に行い、その貸借差額を**『当期純利益』とします。次に、P/L項目を換算し、P/Lの貸借差額を『為替差損益』**とします(B/S → P/Lの順)。
ポイント4:相殺を要する勘定 『本店』勘定(B/S)と**『本店仕入』勘定**(P/L)は、本店の帳簿と相殺が必要なため、原則として本支店間取引のHR(本店側が記録した円換算額)を使用します。
ポイント5:P/L項目の例外的な換算 P/L項目のうち、減価償却費は対象資産のHRで換算し、貸倒引当金繰入額は関連債権の換算レートであるCRで換算します。