問1
以下の記述のうち、誤っているものを一つ選びなさい。
ア.原価企画は、新製品の製造販売にあたり、製品の企画・開発段階で目標利益を達成するための目標原価を作り込む活動である。
イ.原価決定曲線は、製品の原価が生産段階に入るまでどれだけ累積的に増加するかを示すグラフである。
ウ.許容原価は、予定売価から目標利益を差し引くことで計算される。
エ.原価改善は、主に生産現場で実施される日常的、継続的な原価低減活動である。
オ.原価維持は、原価企画によって設定された目標原価を標準原価による原価管理や予算管理によって維持する活動である。
問2
株式会社A社は、新製品の開発を進めています。この新製品の予定売価は1個あたり90,000円、目標利益は1個あたり30,000円です。 このとき、この新製品の1個あたりの許容原価はいくらになりますか。計算して答えなさい。
問3
株式会社B社は、新製品の企画段階にあります。この製品の許容原価は1個あたり50,000円、成行原価は1個あたり65,000円と見積もられています。企画・開発段階で成行原価に対して8,000円の原価削減が見込まれています。 このとき、製品の企画・開発時点で設定される1個あたりの目標原価はいくらになりますか。計算して答えなさい。
問4
以下の文章の空欄に当てはまる最も適切な語句を答えなさい。
原価決定曲線が示すように、製品の原価の過半は、その後の生産過程ではなく、製品の【 A 】段階で決定されるため、この段階での原価の「作り込み」が極めて重要となる。
問5
株式会社C社は、新製品の量産を開始しました。この新製品は、企画・開発段階で設定された目標原価が許容原価よりも高い状態です。このような状況において、量産開始後に、生産現場で日常的かつ継続的に行われる原価低減活動を何と呼びますか。最も適切な名称を答えなさい。
問1 解答
イ
問2 解答
60,000円
問3 解答
57,000円
問4 解答
A:企画・開発
問5 解答
原価改善
戦略的原価計算:原価企画の重要性
簿記1級の学習範囲である原価計算では、様々な手法が登場します。今回は、その中でも特に現代の企業環境において重要性が増している**「原価企画」**について、詳しく解説していきます。原価企画は、単なる原価管理ではなく、企業の戦略的な意思決定に深く関わる活動です。
1. 原価企画とは?
原価企画とは、新製品の製造販売を行うにあたり、その製品の企画・開発段階で、企業が設定した目標利益を達成するための目標原価を「作り込む」活動を指します。
この原価企画が注目される背景には、企業を取り巻く環境の変化があります。かつては工場の生産活動の中心が「人手」であり、直接労務費が製造原価に占める割合も大きかったため、直接労務費を主な管理対象とする「標準原価計算」が重要な役割を果たしていました。しかし、工場の**自動化(FA:Factory Automation)が進み、生産設備の重要性が増したことで、直接労務費の割合が低下しました。これにより、標準原価計算だけでは原価管理が不十分となり、製品の企画・開発という、より「上流」**の段階での原価管理を重視する原価企画が登場したのです。
ここでいう「上流」とは、製品が企画・開発される段階から実際の生産段階までを川の流れに例えた際、その源流(川上)を指す意味で使われています。
2. 原価決定曲線が示すもの
製品の原価がどの段階で、どの程度決定されるかを示すグラフを**「原価決定曲線」**と呼びます。この曲線は、製品の企画・開発段階において、その製品の原価の過半が決定されてしまうことを示しています。つまり、一度企画・開発が進んでしまうと、その後の生産段階で原価を下げる余地が非常に狭くなることを意味します。
このことから、製品の「上流」、すなわち企画・開発段階での原価の「作り込み」がいかに重要であるかがわかります。原価決定曲線は、製品1個あたりの原価が企画・開発段階で大方決まってしまう、ということを示しており、原価の累積値を表すものではありません。
3. 目標原価の設定プロセス
原価企画の中心的な活動は、新製品の目標原価を作り込むことですが、その目標原価は、通常、以下のプロセスで設定されます。
① 許容原価の計算
まず最初に設定するのが**「許容原価」**です。許容原価とは、新製品で設定された目標利益を達成するために許容できる、つまり「これ以上かかっては困る」原価水準のことです。
この許容原価は、以下の計算式で求められます。
\(許容原価 = 予定売価 – 目標利益\)
多くの場合、後述する成行原価は、この許容原価を上回る結果となります。そのため、このままでは目標利益が達成できないため、原価削減の必要性が生じます。
② 成行原価と原価削減の必要性
成行原価とは、現状の生産方法や品質、機能を前提とした場合に、特に原価削減努力をしないまま発生すると見込まれる原価水準のことです。
成行原価が許容原価を上回る場合、その差額が原価削減の目標額となります。この原価削減のために用いられる代表的な手法の一つに、**VE(価値工学:Value Engineering)**があります。VEは、製品の価値を以下の計算式で捉え、ある一定の製品機能のもとで原価削減を図ろうとするものです。
\(製品の価値 = \frac{製品の機能}{原価}\)
※簿記検定試験で、この式の具体的な計算が求められることはありません。
③ 目標原価の設定
目標原価は、上記の成行原価に対して、企画・開発段階で見込まれる原価削減額を差し引いて設定されます。
\(目標原価 = 成行原価 – 原価削減額\)
理想的には、この目標原価が許容原価と等しくなることが望ましいですが、現実には、企画・開発段階だけでは原価削減目標(許容原価と成行原価の差額)を完全に達成できないことも少なくありません。この場合、目標原価は許容原価よりも高くなりますが、その差額分は製品の量産段階に入ってからも、さらなる原価削減を目指していくことになります。
4. 原価維持と原価改善:量産段階での原価管理
企業環境の変化に対応するための新しい原価管理手法は、総称して**「戦略的コスト・マネジメント」**と呼ばれることがあります。原価企画はその一つであり、製品の量産開始前の「上流」での原価管理にあたります。
一方、製品の量産開始後の原価管理は、**「原価維持」と「原価改善」**に分類されます。
(1)原価維持
原価維持とは、原価企画によって設定された目標原価を、標準原価による原価管理や予算管理を通じて、継続的に維持していく活動を指します。目標原価が「維持すべき」基準となるわけです。
(2)原価改善
原価改善とは、主に生産現場で実施される、日常的かつ継続的な原価低減活動のことです。この活動は日本発祥であり、海外でも「Kaizen」として広く知られています。
原価改善の成果は、その後の原価標準に反映され、原価維持の対象となります。原価改善の重要な役割は、原価企画段階では達成できなかった原価削減を実現し、許容原価の水準に近づけていくことにあります。つまり、原価企画で設定された目標原価と許容原価との間にギャップがある場合に、量産段階での「Kaizen」活動によってそのギャップを埋めていくことを目指すのです。
問題解説
問1 解説
この問題は、原価企画に関する基本的な概念や用語の理解度を問う選択肢問題です。各選択肢の記述が、テキストの定義と合致しているかを確認することがポイントとなります。
選択肢アは、原価企画の定義そのものです。原価企画は、新製品の企画・開発という「上流」の段階で、目標利益を達成するために必要な原価、すなわち目標原価を計画的に作り込む活動を指します。これは正しい記述です。
選択肢イは、原価決定曲線に関する記述です。原価決定曲線は、製品の原価が企画・開発から実際の生産までのどの段階で、どの程度決定されるかを示したグラフです。この曲線が示すのは、原価の「決定程度」であり、企画・開発までに原価の過半が決定されることを強調します。しかし、「累積的に増加するかを示す」という表現は誤りです。原価決定曲線は、製品1個あたりの原価が企画・開発段階で「大方決まってしまう」ことを示すものであり、原価の累積値を表すものではありません。したがって、この選択肢は誤りです。
選択肢ウは、許容原価の計算式に関する記述です。許容原価は、新製品の企画にあたって設定された目標利益を予定売価から差し引くことで計算されます。これは許容原価の定義と計算式通りであり、正しい記述です。
選択肢エは、原価改善の定義に関する記述です。原価改善は、主に生産現場で実施される日常的、継続的な原価低減活動のことであり、日本発祥で海外では「Kaizen」と表現されます。これは正しい記述です。
選択肢オは、原価維持の定義に関する記述です。原価維持とは、原価企画によって設定された目標原価を、標準原価による原価管理や予算管理によって維持する活動を指します。これは正しい記述です。
以上の検討から、誤っている記述は選択肢イとなります。原価決定曲線が示すのは、原価の発生状況ではなく、原価がどの段階で「決定」されるかの度合いであることを正確に理解しておくことが重要です。特に、その後の工程で原価を下げる余地が少ないという点がポイントです。
問2 解説
この問題は、許容原価の計算に関する基本的な知識を問う計算問題です。許容原価は、新製品で設定された目標利益を達成するために許容できる原価水準であり、その計算式は明確に定められています。
計算に必要な要素は以下の通りです。
- 予定売価:90,000円 [設問]
- 目標利益:30,000円 [設問]
許容原価の計算式は、「許容原価 = 予定売価 - 目標利益」です。 この式に上記の数値を当てはめて計算します。
計算過程: 許容原価 = 予定売価 - 目標利益 許容原価 = 90,000円 - 30,000円 許容原価 = 60,000円
したがって、この新製品の1個あたりの許容原価は60,000円となります。
この計算は非常に基本的なものであり、原価企画における目標原価設定プロセスの第一歩となります。許容原価は、企業が新製品で利益を確保するために、これ以上はコストをかけられないという上限を示す重要な指標です。次のステップで設定される成行原価と比較し、どれだけの原価削減が必要か、という基準点になるものです。
問3 解説
この問題は、目標原価の計算に関する知識を問う計算問題です。特に、企画・開発段階で実際に設定される目標原価が、成行原価から見込まれる削減額を差し引いたものであるという点を理解しているかが問われます。
問題で与えられている情報は以下の通りです。
- 許容原価:50,000円 [設問]
- 成行原価:65,000円 [設問]
- 企画・開発段階で見込まれる原価削減額:8,000円 [設問]
目標原価の計算式は、「目標原価 = 成行原価 - 原価削減額」です。 ここで注意が必要なのは、許容原価が50,000円、成行原価が65,000円であることから、本来の原価削減目標額は15,000円(65,000円 – 50,000円)であるということです。しかし、企画・開発段階で現時点で見込まれる削減額は8,000円に留まる、と明記されています [設問, 4]。問題文の指示に従い、この8,000円を使って目標原価を計算します。
計算過程: 目標原価 = 成行原価 - 現時点の削減見込額 目標原価 = 65,000円 - 8,000円 目標原価 = 57,000円
したがって、製品の企画・開発時点で設定される1個あたりの目標原価は57,000円となります。
この結果からわかるように、設定された目標原価(57,000円)は、許容原価(50,000円)を上回っています。この差額7,000円(57,000円 – 50,000円)は、企画・開発段階では解消しきれなかった削減目標であり、これは製品の量産段階における原価改善活動(Kaizen)によってさらに削減を目指していくことになります。このように、目標原価が許容原価と異なる場合があるという現実的な状況を理解しておくことが、この問題の重要なポイントです。
問4 解説
この問題は、原価決定曲線が示す原価管理の重要性に関する基本的な概念理解を問う空欄補充問題です。原価決定曲線は、製品の原価がどの段階で、どの程度「決定」されるかを示すものでした。
テキスト解説において、原価決定曲線の最も重要なメッセージは「企画・開発までに原価の過半が決定され、その後の過程で原価を下げる余地は狭くなっている」という点です。これは、「より上流の企画・開発段階での原価の作り込みが重要である」ことを示しています。
空欄に入る語句は、この「上流」の具体的な段階を指すものです。
- 製品の企画・開発から実際の生産段階までを川の流れに例えて、その源流(川上)を指す意味で「上流」が使われると解説されています。
- 「企画・開発」という言葉が、製品の原価が決定される主要な段階として繰り返し強調されています。
したがって、空欄【 A 】に当てはまる最も適切な語句は**「企画・開発」**となります。
この問題は、原価企画がなぜ現代において重要視されているのか、その根本的な理由を理解しているかを確認するものです。原価の大部分が設計段階で決まってしまうため、後工程でのコストダウン努力には限界がある、という考え方(フロントローディングの考え方)は、原価企画の根底にある重要な原則です。
問5 解説
この問題は、量産開始後の原価管理活動、特に原価企画段階で達成できなかった原価削減を目指す活動の名称を問うものです。テキストでは、量産開始後の原価管理として「原価維持」と「原価改善」の二つが挙げられています。
問題文では、「企画・開発段階で設定された目標原価が許容原価よりも高い状態」であり、「量産開始後に、生産現場で日常的かつ継続的に行われる原価低減活動」について問われています。
それぞれの定義を確認しましょう。
- 原価維持:原価企画によって設定された目標原価を、標準原価による原価管理や予算管理によって維持する活動。これは、設定された目標値を守ることに焦点を当てています。
- 原価改善:主に生産現場で実施される日常的、継続的な原価低減活動のこと。この活動は、原価企画段階では達成できなかった原価削減を実現し、許容原価の水準に近づけていくことを目的としています。また、日本発祥であり、海外では「Kaizen」と表現されることも重要な特徴です。
問題文の「企画・開発段階で設定された目標原価が許容原価よりも高い状態」という記述は、原価企画だけでは目標利益達成に必要な原価水準に達していないことを示唆しており、残りの削減分を「量産開始後」に「日常的かつ継続的に」行われる活動によって補う、という文脈です。この役割に合致するのは、まさに原価改善の定義です。
したがって、最も適切な名称は「原価改善」となります。この活動は、企業が継続的に競争力を維持し、最終的な目標利益を達成するために不可欠なプロセスです。
まとめ
- ポイント1:原価企画の定義と背景
- 新製品の企画・開発段階で、目標利益達成のための目標原価を作り込む活動。
- 工場自動化(FA)の進展により、「上流」での原価管理(企画・開発段階)の重要性が増した。
- ポイント2:原価決定曲線が示すこと
- 製品原価の過半が企画・開発段階で決定されることを示すグラフ。
- 「上流」での原価作り込みの重要性を強調。原価の累積値ではない点に注意。
- ポイント3:目標原価設定の計算式
- 許容原価 = 予定売価 - 目標利益
- 目標原価 = 成行原価 - 原価削減額
- 成行原価は、削減努力をしない場合の原価水準。多くの場合、許容原価を上回るため、原価削減(VEなど)が必要となる。
- ポイント4:目標原価と許容原価のギャップ
- 企画・開発段階で設定される目標原価が、許容原価よりも高くなる場合がある。
- この差額は、量産段階での「原価改善」によって削減を目指すことになる。
- ポイント5:原価維持と原価改善
- 原価維持:原価企画で設定された目標原価を標準原価管理や予算管理で維持する活動。
- 原価改善:生産現場での日常的・継続的な原価低減活動(Kaizen)。原価企画段階で達成できなかった削減を実現し、許容原価に近づける役割を担う。