以下の設例に基づき、仕訳問題または計算問題に解答しなさい。なお、計算上、解答金額が割り切れない場合は、千円未満を四捨五入し、千円単位で解答すること。
問1(仕訳問題:繰延ヘッジにおける期中処理)
当社は、X1年4月1日に額面10,000千円の国債(固定利率3%)を額面にて購入した(その他有価証券、全部純資産直入法で処理)。同時に、国債の相場変動リスクをヘッジするため、A銀行との間で固定利率3%支払、変動利率受取りの金利スワップ契約(想定元本10,000千円)を締結し、繰延ヘッジを適用した。
X2年3月31日、利払い日となり、変動利率は4%であった。この日の国債の利息受取と、金利スワップ契約による利息の授受(差額決済)に関する仕訳を、それぞれ行いなさい。
問2(選択肢問題:ヘッジ会計の基本概念)
ヘッジ会計が適用される必要があるケースとして、最も適切なものを選びなさい。
- デリバティブ取引は行われたが、それがヘッジ対象のリスクを相殺することを目的としていない場合。
- ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益が、会計期間のズレなくP/Lに認識される場合。
- ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益が、異なる会計期間に認識されることにより、ヘッジ効果が財務諸表に適切に反映されない場合。
- ヘッジ手段がデリバティブ取引ではなく、通常の為替予約取引である場合。
問3(計算・仕訳問題:繰延ヘッジにおける決算整理)
問1の設例において、X2年3月31日(決算日)時点での、国債および金利スワップの時価評価に関する決算整理仕訳を行いなさい。なお、この日の国債の時価は9,700千円であり、金利スワップの時価は350千円であった。
問4(仕訳問題:時価ヘッジにおける決算整理)
問3と同じ条件(国債の簿価10,000千円、時価9,700千円。金利スワップの時価350千円)であったとして、もし当社がこの取引に時価ヘッジを適用していた場合、X2年3月31日における国債の時価評価と、金利スワップの時価評価に関する決算整理仕訳を行いなさい。
問5(記述式不可・計算問題:金利スワップの特例処理)
当社は、X1年4月1日に購入した社債(ヘッジ対象)に対し、金利スワップ(ヘッジ手段)を適用し、その条件が特例処理の要件(想定元本、条件、期間がヘッジ対象とほぼ同一)を満たしているため、特例処理を適用することにした。X2年3月31日の決算日において、金利スワップの時価が280千円であった。この特例処理が適用された結果、決算日に必要な金利スワップに関する時価評価の仕訳はどのようなものになるか。該当する金額を千円単位で答えなさい。
問1 解答(仕訳)
勘定科目 | 借方(千円) | 勘定科目 | 貸方(千円) |
---|---|---|---|
現金 | 300 | 有価証券利息 | 300 |
(国債の利息受取) | |||
現金 | 100 | 有価証券利息 | 100 |
(金利スワップ差額決済) |
問2 解答(選択肢)
- ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益が、異なる会計期間に認識されることにより、ヘッジ効果が財務諸表に適切に反映されない場合。
問3 解答(仕訳:繰延ヘッジ)
1. 国債(ヘッジ対象)の時価評価
勘定科目 | 借方(千円) | 勘定科目 | 貸方(千円) |
---|---|---|---|
その他有価証券評価差額金 | 300 | その他有価証券 | 300 |
2. 金利スワップ(ヘッジ手段)の時価評価
勘定科目 | 借方(千円) | 勘定科目 | 貸方(千円) |
---|---|---|---|
金利スワップ資産 | 350 | 繰延ヘッジ損益 | 350 |
問4 解答(仕訳:時価ヘッジ)
1. 国債(ヘッジ対象)の時価評価
勘定科目 | 借方(千円) | 勘定科目 | 貸方(千円) |
---|---|---|---|
投資有価証券評価損益 | 300 | その他有価証券 | 300 |
2. 金利スワップ(ヘッジ手段)の時価評価
勘定科目 | 借方(千円) | 勘定科目 | 貸方(千円) |
---|---|---|---|
金利スワップ資産 | 350 | 投資有価証券評価損益 | 350 |
問5 解答(計算)
0千円
ヘッジ会計の基礎と実務
ヘッジ取引とは何か
簿記1級における「ヘッジ会計」を理解するためには、まずその前提となるヘッジ取引の概念を把握することが重要です。
ヘッジ取引とは、企業が所有する金融資産の相場変動リスクや、将来のキャッシュ・フローの変動リスクを回避する目的で、デリバティブ取引を手段として用い、発生が予想される損失を相殺することを目的に行う取引を指します。
この取引を構成する要素は以下の通りです。
- ヘッジ対象: 回避すべき対象となる相場変動リスクやキャッシュ・フローの変動リスクを内包する資産などを指します。
- ヘッジ手段: ヘッジ対象のリスクを減殺(げんさい)するための手段として利用されるデリバティブ取引を指します。
ヘッジ取引が成立している場合、ヘッジ対象から生じる損失と、ヘッジ手段から生じる損益は、目的として損失を相殺することにあるため、同一の会計期間に認識されることが求められます。
ヘッジ会計の必要性
通常、「ヘッジ対象」と「ヘッジ手段」から生じる損益が、自然と同一の会計期間に認識されるのであれば、特別な会計処理は必要ありません。
しかし、日本の会計基準においては、金融商品の時価評価のタイミングや収益認識のルールが異なるため、ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益が、必ずしも同一の会計期間に認識されないケースが多く発生します。
このズレが発生すると、一時的にヘッジ手段(デリバティブ)の損益だけが計上され、相殺すべきヘッジ対象の損益が計上されないため、ヘッジ取引の効果が財務諸表に適切に反映されないという問題が生じます。
この問題を解消し、ヘッジ取引の効果を適切に財務諸表に反映させるために、「ヘッジ対象」と「ヘッジ手段」から生じる損益が同一の会計期間に認識されるように行う特殊な会計処理をヘッジ会計といいます。
ヘッジ取引とヘッジ会計の関係性の補足
全てのデリバティブ取引がヘッジ取引に該当するわけではありません。また、デリバティブを使ったヘッジ取引であっても、為替予約のように、損益認識の時点のズレがないケースでは、そもそもヘッジ会計を適用する必要はありません。ヘッジ会計が必要となるのは、デリバティブを使ったヘッジ取引のうち、損益認識時点のズレがあるケースに限定されます。
ヘッジ会計の主要な方法
ヘッジ会計の方法には、原則的な方法と例外的な方法の2種類が存在します。
繰延ヘッジ(原則的⽅法)
繰延ヘッジとは、ヘッジ会計の原則的な処理方法です。
この方法では、時価評価されているヘッジ手段(デリバティブ)に係る損益または評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで、いったん純資産の部において繰り延べる処理をします。
例えば、ヘッジ対象が「その他有価証券」であり、その評価差額が通常は損益として扱われない場合、ヘッジ手段から生じる時価評価差額を『繰延ヘッジ損益』という勘定科目で処理し、純資産の部にある「評価・換算差額等」に計上して繰り延べます。これは『その他有価証券評価差額金』と同様に扱うイメージを持つとわかりやすいでしょう。
繰り延べられた損益は、ヘッジ対象が売却されたり、償却されたりして損益が認識されるタイミングで、相殺するように損益に振り替えられます。
時価ヘッジ(例外的⽅法)
時価ヘッジとは、ヘッジ対象である資産または負債に係る相場変動等を例外的に損益に反映させることにより、その損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識する方法です。
この方法は、通常、ヘッジ対象の評価差額が損益として扱われないケース(例:その他有価証券の評価差額)において、例外的にその評価差額を損益として認識するために適用されます。具体的には、時価ヘッジを適用することで、ヘッジ対象の時価変動を『投資有価証券評価損益』などの勘定科目を用いて、デリバティブ(ヘッジ手段)の損益認識と時期を合わせます。
時価ヘッジの適用により、財務諸表上、ヘッジ対象とヘッジ手段の損益が同じ期に計上され、相殺効果がP/L上で明確に示されます。
⾦利スワップの特例処理(補足)
ヘッジ手段として金利スワップが利用される場合、原則は繰延ヘッジにより会計処理されます。
ただし、金利スワップがヘッジ会計の要件を満たし、かつ、想定元本、利息の受払条件、契約期間がヘッジ対象とほぼ同一であるという一定の条件を満たす場合は、特例処理という簡便な会計処理方法が認められています。
特例処理が適用されると、原則的な繰延ヘッジで行う金利スワップの時価評価(決算整理仕訳)を省略し、それ以外の会計処理のみを行えばよいことになります。
問題解説
問1 問題解説(繰延ヘッジにおける期中処理)
本問は、ヘッジ取引における期中のキャッシュ・フローの仕訳、特に金利スワップの差額決済の仕組みを問うものです。繰延ヘッジであろうと時価ヘッジであろうと、期中の金銭の授受に関する処理は共通であり、ヘッジ会計の核心ではない部分ですが、基礎的な期中処理として確認が必要です。
まず、国債の利息受け取りです。額面10,000千円、固定利率3%なので、年間利息は $10,000 \times 0.03 = 300$ 千円です。 \(10,000 \text{千円} \times 3\% = 300 \text{千円}\)
(借方)現金 300 / (貸方)有価証券利息 300
次に、金利スワップ契約による差額決済です。 当社は「固定金利3%支払い、変動金利4%受け取り」の契約を結んでいます。想定元本は10,000千円です。
- 支払うべき固定金利: $10,000 \times 0.03 = 300$ 千円
- 受け取る変動金利: $10,000 \times 0.04 = 400$ 千円
差額は $400 – 300 = 100$ 千円です。変動金利の受け取りの方が多いため、現金100千円を受け取ります。この収益も国債の利息と同様に『有価証券利息』勘定(またはその他の受取利息勘定)で処理します。 (借方)現金 100 / (貸方)有価証券利息 100
この期中処理を通じて、ヘッジ対象(国債)とヘッジ手段(金利スワップ)の両方から利息収入が発生していることを確認できました。
問2 問題解説(ヘッジ会計の基本概念)
本問は、ヘッジ会計が適用される根本的な理由、すなわち「会計処理上の損益認識のズレ」を確認する問題です。
ヘッジ取引とは、損失を相殺することを目的とした取引ですが、ヘッジ会計の目的は、この相殺効果を財務諸表上に正確に反映させることにあります。
選択肢1はヘッジ取引ではないデリバティブに関する記述であり不適。選択肢2は、ズレがないケースであり、ヘッジ会計をあえて適用する必要がないため不適。
選択肢3が正解です。ヘッジ対象とヘッジ手段の損益認識が異なる会計期間に生じると、片方だけが計上され、ヘッジの効果が財務諸表に適切に反映されない「ミスマッチ」が生じます。ヘッジ会計はこのミスマッチを解消するための特殊な会計処理です。
選択肢4は、デリバティブを使ったヘッジ取引であっても、為替予約のように時点のズレがない場合はヘッジ会計が不要なケースがあるため不適です。
問3 問題解説(繰延ヘッジにおける決算整理)
繰延ヘッジの重要な特徴は、ヘッジ対象の評価差額(この場合、その他有価証券の評価差額)を損益として認識せず、ヘッジ手段の損益を繰り延べる点にあります。
1. 国債(ヘッジ対象)の時価評価: 簿価:10,000千円。時価:9,700千円。評価損は 300千円発生しています。 \(10,000 \text{千円} - 9,700 \text{千円} = 300 \text{千円} (\text{評価差額})\)
その他有価証券(全部純資産直入法)の場合、評価差額は損益ではなく、純資産の部に直接計上されます。 (借方)その他有価証券評価差額金 300 / (貸方)その他有価証券 300 (減少) ※純資産直入法では、評価差額金勘定は純資産項目ですが、仕訳上、貸方に計上されたその他有価証券の減少に対応して、評価差額金は借方(マイナスの純資産)に計上されます。
2. 金利スワップ(ヘッジ手段)の時価評価: 時価:350千円(資産側)。金利スワップはデリバティブ取引として時価評価されます。 繰延ヘッジでは、この時価評価差額を**『繰延ヘッジ損益』**として純資産の部に繰り延べます。 (借方)金利スワップ資産 350 / (貸方)繰延ヘッジ損益 350
これにより、ヘッジ対象の評価損益(300千円の評価差額)と、ヘッジ手段の評価損益(350千円の繰延ヘッジ損益)は、共に純資産の部で処理され、P/Lへの影響が繰り延べられます。
問4 問題解説(時価ヘッジにおける決算整理)
時価ヘッジの最大の特徴は、ヘッジ対象の評価差額を例外的に損益として認識する点です。これにより、ヘッジ対象の損益認識のタイミングを、デリバティブの損益認識のタイミングに強制的に合わせます。
1. 国債(ヘッジ対象)の時価評価: 簿価:10,000千円。時価:9,700千円。評価損は 300千円発生しています。 時価ヘッジでは、この評価損をP/L項目である『投資有価証券評価損益』として認識します。 (借方)投資有価証券評価損益 300 / (貸方)その他有価証券 300
2. 金利スワップ(ヘッジ手段)の時価評価: 時価:350千円(資産側)。デリバティブ取引として時価評価されます。 時価ヘッジでは、ヘッジ対象の損益認識に合わせるため、ヘッジ手段の損益もP/L項目である『投資有価証券評価損益』の反対側(この場合、貸方)に計上し、P/L上で相殺させます。 (借方)金利スワップ資産 350 / (貸方)投資有価証券評価損益 350
結果として、P/L上では(借方)投資有価証券評価損益 300と(貸方)投資有価証券評価損益 350が相殺され、純額50千円の利益が計上されることになり、ヘッジ効果がP/Lに反映されます。
問5 問題解説(金利スワップの特例処理)
金利スワップがヘッジ手段として利用され、その条件が特例処理の要件(想定元本、条件、期間がヘッジ対象とほぼ同一)を充たす場合、簡便な会計処理が認められます。
この特例処理の具体的な内容は、原則的な繰延ヘッジで必須とされている、決算日における金利スワップの時価評価(デリバティブの時価評価)を省略できるという点です。
したがって、金利スワップの時価が280千円であったとしても、特例処理が適用される場合、決算日において金利スワップに関する時価評価の仕訳は行いません。
解答すべき金額は、仕訳がないため「0」となります。
まとめ
ポイント1:ヘッジ取引の定義と構成要素
ヘッジ取引とは、相場変動リスクなどを回避するためにデリバティブ(ヘッジ手段)を使い、予想される損失を相殺する取引です。ヘッジ取引は「ヘッジ対象」と「ヘッジ手段」から構成されます。
ポイント2:ヘッジ会計の目的
ヘッジ会計は、ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益認識の時点のズレを解消し、ヘッジ取引の効果が財務諸表に適切に反映されるように行う特殊な会計処理です。ズレがない場合は適用不要です。
ポイント3:繰延ヘッジの仕組み(原則法)
繰延ヘッジでは、ヘッジ手段の時価評価差額を、ヘッジ対象の損益が認識されるまで、純資産の部の『繰延ヘッジ損益』として一時的に繰り延べます。
ポイント4:時価ヘッジの仕組み(例外法)
時価ヘッジでは、通常は損益に反映されないヘッジ対象の相場変動等(例:その他有価証券の評価差額)を例外的に損益として認識させ、ヘッジ手段の損益と同一期間に認識させます。
ポイント5:金利スワップの特例処理の条件と効果
金利スワップがヘッジ手段の場合、一定の条件(想定元本、条件、期間がヘッジ対象とほぼ同一)を満たせば特例処理が認められます。この特例処理を適用すると、決算時における金利スワップの時価評価が省略されます。