問1 P社は、保有する甲事業(資産簿価9,000千円、負債簿価1,200千円)をS社に吸収分割により移転し、その対価としてS社が新たに発行した株式7,800千円分を受け取った。この結果、S社はP社の子会社となった。P社が行うべき仕訳を答えなさい。
問2 Q社は、保有する乙事業(資産簿価7,000千円、時価8,500千円、負債簿価1,500千円、時価同額)をR社に事業譲渡した。Q社は対価として現金6,000千円を受け取った。R社はQ社の子会社でも関連会社でもない。この事業分離において、Q社が認識すべき移転損益(利益または損失)の金額を計算しなさい。
問3 C社は、D社から事業を吸収分割により承継した。この事業分離は企業結合会計基準におけるパーチェス法の適用対象となる。この場合、C社が承継したD社の事業資産および負債を個別貸借対照表に計上する際の評価額として、最も適切なものを以下の選択肢から選びなさい。
ア.D社の帳簿価額 イ.D社の時価 ウ.C社が独自に評価した取得原価 エ.承継時の公正な評価額(時価)
問4 M社はN社から丙事業(資産簿価12,000千円、負債簿価2,500千円)を承継した。対価としてM社は新株を発行しN社に交付した結果、N社はM社を支配する親会社となり、M社はN社の子会社となった。M社は増加する株主資本のうち60%を資本金として計上することとする。この事業分離において、M社が計上する資本金増加額と資本剰余金増加額をそれぞれ計算しなさい。
問5 親会社であるA社が100%支配するB社から、同じくA社が100%支配するC社へ事業が移転された(共通支配下の取引)。この取引において、対価としてC社はB社に対して現金2,000千円を支払った。この場合における、B社およびC社の会計処理に関する以下の記述のうち、原則として正しいものを選択しなさい。
ア.B社は移転損益を認識せず、C社は簿価で引き継ぐ。 イ.B社は移転損益を認識し、C社は簿価で引き継ぐ。 ウ.B社は移転損益を認識せず、C社は時価で受け入れる。 エ.B社は移転損益を認識し、C社は時価で受け入れる。
問1 解答
借方勘定科目 | 金額(千円) | 貸方勘定科目 | 金額(千円) |
---|---|---|---|
S社株式 | 7,800 | 甲事業資産 | 9,000 |
甲事業負債 | 1,200 |
問2 解答
500千円の利益
問3 解答
エ.承継時の公正な評価額(時価)
問4 解答
資本金増加額:5,700千円 資本剰余金増加額:3,800千円
問5 解答
ア.B社は移転損益を認識せず、C社は簿価で引き継ぐ。
事業分離の基礎:企業組織再編の会計を学ぶ
企業が事業の一部を他の企業に移転する際の会計処理について、その考え方から具体的な処理までを丁寧に解説します。
1.事業分離とは
事業分離とは、ある企業を構成する特定の事業を、他の企業に移転する取引を指します。これは企業組織再編の一種であり、現代の企業経営において頻繁に行われる戦略的な動きの一つです。
会社法上では、事業分離に相当する取引として「吸収分割」と「新設分割」の2つの類型が挙げられます。しかし、会計上の事業分離の範囲はこれに限られません。「事業譲渡」や「現物出資」といった取引も、厳密な法律上の扱いは異なるものの、会計処理においては事業分離と同様に考えられます。したがって、会計を学ぶ上では、これら多様な取引が事業分離として扱われることを理解しておくことが重要です。
2.事業分離における考え方
事業分離の会計処理を理解する上で、特に重要な二つの基本的な考え方があります。
(1)投資の継続・非継続
事業分離の会計処理では、移転する事業に対する「投資の継続・非継続」という概念が根幹にあります。この考え方は、事業の成果に関する「実現概念」と密接に関連しており、企業結合や他の組織再編にも通じるものです。
- 投資が継続している場合: このケースは、例えば同種資産の交換のように、投資がリスクからまだ解放されていない状態を指します。事業を移転した後も、分離元企業がその事業に対して何らかの形で関与を続けているとみなされる場合です。この場合、移転による損益は認識しません。
- 投資が非継続の場合: これに対し、投資が非継続である場合は、売却や異種資産の交換のように、投資がリスクから完全に解放された状態を指します。投資が清算されたとみなし、移転した事業に関する移転損益を認識します。そして、改めて時価で新たな投資を行ったと考えるのです。
(2)分離元企業と分離先企業それぞれの会計処理
事業分離では、「事業を分離する側の企業(分離元企業)」と「事業を受け入れる側の企業(分離先企業)」の双方で、異なる視点からの会計処理が必要となります。
① 分離元企業における会計処理の考え方
分離元企業は、事業を移転する側として、投資の継続・非継続の判断に基づいて会計処理を行います。
- (a) 投資が継続している場合: 分離元企業において「投資が継続している」と判断されるのは、事業分離後もその事業に対して継続的な関与があり、間接的に事業投資を続けているとみなされるケースです。具体的には、対価として株式を受け取り、かつ、その分離先企業が分離元企業の子会社または関連会社となる場合がこれに該当します。この場合、移転損益は認識しません。分離元企業が受け取った株式の取得原価は、移転した事業の適正な簿価によって評価されることになります。
- (b) 投資が継続していない場合: 一方、「投資が継続していない」と判断されるのは、投資が清算されたとみなされるケースです。この場合、移転した事業についての移転損益を認識します。具体的には、以下のようなケースが該当します。
- 移転した事業とは明らかに異なる資産(現金など)を対価として受け取った場合。
- 対価が株式であっても、分離先の会社に影響力を行使できない場合(分離先企業が分離元企業の子会社でも関連会社でもないケース)。
- 補足:共通支配下の取引における例外 「共通支配下の取引」に該当する事業分離の場合、原則として分離元企業では移転損益を認識せず、分離先企業では事業が簿価で引き継がれます。しかし、対価が現金である場合には、現金の評価額を変更することはできないため、結果的に移転損益や支払い対価との差額が生じざるを得ないという例外的な処理が適用されます。
② 分離先企業における会計処理の考え方
分離先企業は、事業を取得する側として、企業結合の処理に準じて会計処理を行います。
- 原則:パーチェス法 事業を取得する取引であるため、基本的に「企業結合」のケースに該当します。したがって、原則として「パーチェス法」が適用され、移転された事業の資産・負債をそれぞれの時価(公正な評価額)で受け入れます。
- 例外:共通支配下の取引と逆取得 ただし、特定の状況下では例外的な処理が適用されます。
- 「共通支配下の取引」に該当する場合。
- 「逆取得」に該当するケース。 これらの例外ケースでは、原則であるパーチェス法ではなく、分離元企業の帳簿価額で資産・負債を引き継ぐことになります。逆取得とは、法的には買収された側が会計上は買収した側とみなされる状況を指し、この場合、実質的な取得企業(P社)が被取得企業(S社)の事業を帳簿価額で引き継ぐ形となります。
問題解説
問1 解説
この問題は、事業分離における分離元企業の会計処理のうち、「投資が継続しているケース」を理解しているかを問うものです。P社は甲事業をS社に分離し、S社株式を受け取っています。さらに、S社がP社の子会社となったという条件があります。これは、教科書解説記事で説明した通り、「対価が株式であり、かつ分離先企業が子会社または関連会社であるケース」に該当し、投資が継続していると判断されます。
投資が継続している場合、分離元企業であるP社は、移転によって損益を認識しません。したがって、P社が受け取ったS社株式の取得原価は、移転した甲事業の適正な簿価によって評価されることになります。
甲事業の正味簿価(純資産簿価)は、資産簿価から負債簿価を差し引いて計算します。 甲事業資産の簿価:9,000千円 甲事業負債の簿価:1,200千円 S社株式の取得原価(=移転した甲事業の正味簿価) = 9,000千円 – 1,200千円 = 7,800千円。
この計算結果は、問題文で示された「S社株式7,800千円分を受け取った」という対価の金額と一致します。P社は甲事業の資産と負債を除却し、その対価としてS社株式を計上することになります。
問2 解説
この問題は、事業分離における分離元企業の会計処理のうち、「投資が継続していないケース」における移転損益の計算を問うものです。Q社は乙事業をR社に事業譲渡しており、対価として現金を受け取っています。さらに、R社はQ社の子会社でも関連会社でもないという条件が付いています。これは、「移転した事業とは明らかに異なる資産(現金)を対価として受け取ったケース」および「対価が株式であっても、分離先の会社に影響力を行使できないケース」の両方に該当するため、投資が継続していないと判断されます。
投資が継続していない場合、分離元企業であるQ社は、投資が清算されたとみなし、移転損益を認識する必要があります。移転損益は、受け取った対価の金額と、移転した事業の正味簿価(純資産簿価)との差額として計算されます。
まず、移転した乙事業の正味簿価を計算します。 乙事業資産の簿価:7,000千円 乙事業負債の簿価:1,500千円 乙事業の正味簿価 = 7,000千円 – 1,500千円 = 5,500千円。
次に、受け取った対価を確認します。 受取現金:6,000千円。
移転損益 = 受取対価 – 移転した事業の正味簿価 移転損益 = 6,000千円 – 5,500千円 = 500千円。
受け取った対価が移転した事業の正味簿価を上回っているため、500千円の「移転利益」を認識することになります。投資が非継続のケースでは、移転事業の時価が与えられていても、損益計算には通常、受取対価と簿価を使用します。
問3 解説
この問題は、事業分離における分離先企業の会計処理の原則を問うものです。C社がD社から事業を吸収分割により承継し、この取引が企業結合会計基準におけるパーチェス法の適用対象であると明記されています。
分離先企業は事業を取得する立場にあり、その処理は企業結合に該当するのが原則です。企業結合においてパーチェス法が適用される場合、取得された資産および負債は、取得日における**公正な評価額(時価)**によって評価し、計上することが定められています。これは、取得企業が支払った対価に対して、取得した事業の個別の資産・負債がどれだけの経済的価値を持っているかを客観的に評価し、その後の会計期間において適切な費用配分や収益認識を行うための基本原則となります。
選択肢を見ると、 ア.D社の帳簿価額:これは共通支配下の取引や逆取得といった例外ケースで適用される評価額です。 イ.D社の時価:D社(分離元企業)の時価という表現ですが、実際には「承継時の公正な評価額」が重要です。 ウ.C社が独自に評価した取得原価:パーチェス法では、取得された個々の資産・負債に公正な評価額を割り当てます。 エ.承継時の公正な評価額(時価):これがパーチェス法の原則に合致する最も適切な表現です。
したがって、正解はエとなります。
問4 解説
この問題は、事業分離における分離先企業の会計処理の例外ケースである「逆取得」に焦点を当てた計算問題です。M社がN社から丙事業を承継し、その結果N社がM社を支配する親会社となり、M社がN社の子会社になった、という点が重要です。法形式上はM社がN社の事業を取得しているように見えますが、実質的にはN社がM社の支配権を取得し、会計上はN社が取得企業、M社が被取得企業となる「逆取得」の状況に該当します。
逆取得の場合、分離先企業であるM社は、原則であるパーチェス法ではなく、分離元企業(この場合N社が引き渡した丙事業)の帳簿価額で資産・負債を引き継ぐことになります。
まず、丙事業の正味簿価(株主資本相当額)を計算します。 丙事業資産の簿価:12,000千円 丙事業負債の簿価:2,500千円 株主資本相当額 = 12,000千円 – 2,500千円 = 9,500千円。
M社は、この株主資本相当額9,500千円のうち60%を資本金として計上します。 資本金増加額 = 9,500千円 × 60% = 5,700千円。
残りの金額は資本剰余金として計上されます。 資本剰余金増加額 = 9,500千円 – 5,700千円 = 3,800千円。
逆取得における分離先企業の株主資本の計上は、このように引き継ぐ事業の正味簿価を基礎とし、増加する株主資本の構成(資本金と資本剰余金の割合)に従って計算されます。
問5 解説
この問題は、共通支配下の取引における事業分離の会計処理に関する理解を問う選択肢問題です。親会社A社が支配するB社から、同じくA社が支配するC社へ事業が移転されており、これは「共通支配下の取引」に該当します。
共通支配下の取引では、企業グループ内部での事業の移転であり、グループ全体の支配関係に変化がないため、原則として移転損益を認識しない、という考え方が適用されます。
具体的には、
- 分離元企業(B社):親会社A社の支配下にあるB社は、同一の親会社A社に支配されるC社へ事業を移転しているため、グループ内での事業の組み換えとみなされます。したがって、原則として移転損益は認識しません。
- 分離先企業(C社):C社もまた親会社A社の支配下にあるため、取得した事業は分離元企業であるB社の帳簿価額で引き継ぐのが原則です。パーチェス法のように時価で評価替えを行うことはありません。
しかし、問題文には「対価としてC社はB社に対して現金2,000千円を支払った」とあります。教科書解説記事の補足で説明されている通り、共通支配下の取引において対価が現金である場合、現金の評価額を変更することはできないため、例外的に移転損益や支払い対価との差額が生じざるを得ないことになります。ただし、この問題の選択肢は「原則として正しいもの」を問うているため、例外的な現金対価のケースは一旦考慮せず、共通支配下の取引の基本的な原則処理に焦点を当てます。
選択肢を確認します。 ア.B社は移転損益を認識せず、C社は簿価で引き継ぐ。:これが共通支配下の取引の原則的な会計処理に最も合致します。 イ.B社は移転損益を認識し、C社は簿価で引き継ぐ。:B社が移転損益を認識しない点が異なります。 ウ.B社は移転損益を認識せず、C社は時価で受け入れる。:C社が時価で受け入れるのはパーチェス法の原則であり、共通支配下の取引では簿価です。 エ.B社は移転損益を認識し、C社は時価で受け入れる。:両方の点が原則と異なります。
したがって、正解はアとなります。現金対価の例外は、原則論を理解した上でさらに応用として押さえるべき点です。
まとめ
- ポイント1:事業分離の定義と類型 事業分離とは企業が事業の一部を他の企業へ移転する取引であり、会社法上の吸収分割・新設分割に加え、会計上は事業譲渡・現物出資も該当します。
- ポイント2:投資の継続・非継続の判断基準 事業分離における移転損益の認識の有無は「投資の継続・非継続」によって判断されます。投資が継続していれば損益を認識せず、投資が非継続であれば損益を認識します。
- ポイント3:分離元企業の会計処理(投資継続・非継続) 分離元企業において投資が継続しているのは、対価が株式でかつ分離先が子会社または関連会社となるケースです。これ以外(現金対価、非支配先への株式対価)は投資が非継続とみなされ、移転損益を認識します。
- ポイント4:分離先企業の会計処理(原則) 分離先企業は事業を取得するため、原則としてパーチェス法を適用します。この場合、移転された事業の資産・負債はそれぞれの時価(公正な評価額)で受け入れます。
- ポイント5:分離先企業の会計処理(例外:共通支配下の取引・逆取得) 分離先企業において、共通支配下の取引や逆取得に該当するケースでは、例外的に分離元企業の帳簿価額で事業の資産・負債を引き継ぎます。