問1 以下の資料に基づき、A事業部とB事業部それぞれの「貢献利益」「管理可能利益」「セグメント・マージン」を計算しなさい。
資料:
- A事業部
- 売上高: 200,000千円
- 変動売上原価: 80,000千円
- 変動販売費: 15,000千円
- 管理可能個別固定費: 40,000千円
- 管理不能個別固定費: 10,000千円
- B事業部
- 売上高: 300,000千円
- 変動売上原価: 110,000千円
- 変動販売費: 20,000千円
- 管理可能個別固定費: 60,000千円
- 管理不能個別固定費: 15,000千円
問2 A事業部は部品Xを製造し、その一部をB事業部に内部振替で供給しています。以下の資料に基づき、内部振替価格を「単純市価基準」とした場合のA事業部とB事業部それぞれの「貢献利益」を計算しなさい。
資料:
- A事業部
- 部品Xの市価: @120円
- 部品Xの変動製造原価: @70円
- B事業部への供給量: 500個
- B事業部
- 部品Xを加工して製品Yを製造販売している。
- 製品Yの市価: @250円
- 製品Yの加工に関する変動費(部品Xの原価を除く): @80円
問3 問2と同じ資料を使用しますが、内部振替価格を「市価差引基準」とした場合のA事業部とB事業部それぞれの「貢献利益」を計算しなさい。A事業部が外部販売する場合に発生する変動販売費は@10円であり、内部振替ではこの変動販売費は発生しません。
問4 以下の資料に基づき、新規投資案を実行した場合のP事業部の「管理可能投下資本利益率」と「新規投資案による管理可能残余利益の増加額」を計算しなさい。
資料:
- P事業部(新規投資案実行前)
- 管理可能利益: 90,000千円
- 管理可能投資額: 600,000千円
- 新規投資案
- 投資額(うちP事業部長にとって管理可能な額): 150,000千円
- この投資によって増加する管理可能利益: 18,000千円
- 資本コスト率: 8%
問5 以下の資料に基づき、C事業部の「投下資本利益率(ROI)」と「残余利益(RI)」を計算しなさい。
資料:
- C事業部
- 事業部貢献利益: 55,000千円
- 総投資額: 400,000千円
- 資本コスト率: 10%
問1
- A事業部
- 貢献利益: 105,000千円
- 管理可能利益: 65,000千円
- セグメント・マージン: 55,000千円
- B事業部
- 貢献利益: 170,000千円
- 管理可能利益: 110,000千円
- セグメント・マージン: 95,000千円
問2
- A事業部 貢献利益: 25,000円
- B事業部 貢献利益: 25,000円
問3
- A事業部 貢献利益: 20,000円
- B事業部 貢献利益: 30,000円
問4
- P事業部(新規投資案実行前)管理可能投下資本利益率: 15%
- P事業部(新規投資案実行後)管理可能投下資本利益率: 14.4%
- 新規投資案による管理可能残余利益の増加額: 6,000千円
問5
- C事業部 投下資本利益率(ROI): 13.75%
- C事業部 残余利益(RI): 15,000千円
事業部制組織における管理会計の基礎
企業が成長し、多角化するにつれて、その組織形態も変化していきます。本章では、特に「事業部制組織」を採用している企業における管理会計の考え方、中でも**「事業部別損益計算」と「業績測定」**について深く掘り下げて学習します。事業部制組織は、各事業部が独立した企業のように活動するため、適切な会計情報に基づいた意思決定と業績評価が非常に重要になります。
1.セグメント別損益計算の基本
まず、管理会計における**「セグメント」という概念を理解しましょう。セグメントとは、企業活動を製品別、地域別、あるいは事業部別といった基準で区分した単位を指します。このセグメントごとの利益を把握するために行われるのが「セグメント別損益計算」**です。
セグメント別損益計算では、直接原価計算の手法を用いて、各セグメントが企業全体の利益にどの程度貢献しているか、つまりセグメントごとの収益性を明らかにします。損益計算書では、売上高から変動費を差し引いて**「貢献利益」**を計算します。これにより、企業全体の貢献利益がどのセグメントから生み出されているのか、その内訳を明確に把握することが可能になります。各セグメントの貢献利益を知ることは、特定の製品ラインを強化すべきか、あるいは廃止すべきかといった重要な意思決定を行う上で不可欠な情報となります。
2.固定費の段階的差引計算と分類
セグメント別損益計算の大きな特徴の一つは、**「固定費の段階的差引計算」です。固定費は、それがどのセグメントで発生したかが明確かどうかに応じて、「個別固定費」と「共通固定費」**に分類されます。
- 個別固定費: 特定のセグメントに直接帰属させることができる固定費です。例えば、特定の製品ライン専用の減価償却費や広告費などがこれに該当します。
- 共通固定費: 複数のセグメントに共通して発生する固定費で、特定のセグメントに直接帰属させることが難しい費用です。例えば、本社管理部門の費用などが挙げられます。
セグメント別損益計算書では、まず貢献利益から個別固定費を差し引きます。この個別固定費を差し引いた後の利益を**「セグメント・マージン」**と呼びます。セグメント・マージンは、固定費も含めて各セグメントに直接追跡可能な項目から計算された、そのセグメントの最終的な利益額を示す重要な指標です。その後、セグメント・マージンから共通固定費を差し引いて営業利益を算出します。
個別固定費のさらなる分類
個別固定費は、その目的や管理の視点からさらに細かく分類することができます。
- 短期利益計画のための分類:
- マネジド・コスト(自由裁量固定費): 経営管理者の裁量によって短期的に金額を変化させることができる固定費です。広告費や研究開発費などが典型的な例です。
- コミッテッド・コスト(拘束固定費): 長期的な意思決定(例:設備投資)によって発生が決定され、短期的に金額を変化させることが難しい固定費です。減価償却費や固定資産税などがこれに該当します。
- 各セグメントの業績測定のための分類:
- 管理可能固定費: 各セグメントの責任者の権限の範囲内で金額が決定され、管理可能な固定費です。例えば、事業部長が決定できる部内の備品費などです。
- 管理不能固定費: 各セグメントの責任者の権限外で金額が決定され、管理できない固定費です。例えば、本社の判断で導入された設備に対する減価償却費などがこれに該当します。
この分類に基づき、損益計算書では貢献利益からまず管理可能固定費を差し引いて**「管理可能利益」**を計算します。管理可能利益は、その計算要素(売上高、変動売上原価、変動販売費、管理可能固定費)すべてが責任者にとって管理可能であるため、その責任者の企業に対する貢献度を示す指標となります。さらに管理可能利益から管理不能固定費を差し引くと、セグメント・マージン(事業部貢献利益)が算出されます。
3.事業部制組織と内部振替価格
企業組織の代表的な形態として、**「職能部門制組織」と「事業部制組織」**があります。
- 職能部門制組織: 企業を製造、販売、経理などの仕事の種類(職能)別に分類した組織です。意思決定権が上位管理者(社長など)に集中する集権的組織であり、上位管理者の負担が大きく、部門間の調整が困難になりやすい特徴があります。
- 事業部制組織: 企業を製品別や地域別などに分類し、各組織がまるで独立した企業のように製造から販売までを行う組織です。意思決定権が各事業部長などの下位管理者に分散する分権的組織であり、上位管理者は全社的な調整に専念でき、各事業部長は担当事業に特化した管理を行えるという特徴があります。
事業部制組織において特に重要となるのが**「内部振替価格」**です。これは、事業部間で部品などを内部的にやり取りする際に用いられる価格のことです。例えば、A事業部が製造した部品をB事業部に供給する場合、この部品の振替は社内での売買取引とみなされ、その取引価格が内部振替価格となります。
内部振替価格は、以下の2つの点で事業部制組織に深く関わります。
- 意思決定への影響: 各事業部は、内部振替価格に基づいて自身の意思決定を行います。
- 業績測定への影響: 内部振替価格によって各事業部の利益額が変動するため、それぞれの事業部の業績測定に直接的な影響を与えます。
そのため、事業部制組織では内部振替価格をどのように設定するかが非常に重要な意味を持ちます。
内部振替価格の決定基準
内部振替価格の決定基準には、主に市価基準と原価基準の2つがあります。
- 市価基準: 内部振替される部品などの**市価(市場価格)**に基づいて内部振替価格を決定する方法です。
- 単純市価基準: 市価をそのまま内部振替価格とします。この方法は、内部振替を行うか行わないかにかかわらず、各事業部の貢献利益が外部取引の場合と同じ結果になるため、各事業部の業績を正しく測定できるとされています。また、事業部ごとの意思決定が企業全体の利益に合致した形で下される「目標整合性」を保ちやすいというメリットもあります。
- 市価差引基準: 内部振替品の市価から、内部振替の場合には発生しない変動販売費などを差し引いた金額を内部振替価格とする方法です。
- 原価基準: 内部振替される部品などの原価に基づいて内部振替価格を決定する方法です。
- 全部原価基準: 変動製造原価と固定製造原価の合計である全部原価を内部振替価格とします。
- 直接原価基準(変動費基準): 変動製造原価である直接原価を内部振替価格とします。
- 原価加算基準: 原価に一定の利益(マーク・アップ率などで計算)を加算した金額を内部振替価格とする方法です。
- 全部原価加算基準: 全部原価に利益を加算します。
- 直接原価加算基準(変動費加算基準): 直接原価に利益を加算します。
内部振替品に市価が存在する場合、各事業部の意思決定や業績測定の観点からは、市価基準を用いることが望ましいとされています。
4.事業部制における業績測定
事業部制組織では、業績測定を**「事業部長の業績測定」と「事業部自体の業績測定」**の2つに明確に分けて考えることが重要です。
(1)事業部長の業績測定
事業部長は分権的組織において原価、収益、投資に関する強い権限を持つことが一般的です。そのため、事業部長の業績測定は、その**権限が及ぶ範囲内(管理可能性)**のデータに基づいて行うべきです。
事業部長の業績測定のベースとなるのは、前述の**「管理可能利益」**です。管理可能利益は、事業部長の管理可能な項目のみで構成されているため、事業部長の貢献度を適切に評価できます。
事業部長の業績測定指標には、主に以下の2つがあります。
- 管理可能投下資本利益率(管理可能ROI):
- 計算式:\(\text{管理可能ROI} = \frac{\text{管理可能利益}}{\text{管理可能投資額}} \times 100 \text{\%}\)
- メリット: 事業部の規模にかかわらず、収益性(投資の効率性)を比率で示すため、他の事業部や他企業との比較が容易です。
- デメリット: 事業部長が自身のROIを高めようとする結果、企業全体の利益最大化に反する意思決定をしてしまう**「目標整合性の問題」**が生じる可能性があります。例えば、企業全体から見て実行すべき投資であっても、その投資によって事業部の管理可能ROIが一時的に低下するような場合、事業部長は投資をためらう可能性があります。
- 管理可能残余利益(管理可能RI):
- 計算式:\(\text{管理可能RI} = \text{管理可能利益} – (\text{管理可能投資額} \times \text{資本コスト率})\)
- 資本コストとは、投資に必要な資金を調達するのにかかるコスト(借入金の利息や株主への配当金など)を指します。資本コスト率は、投資額に対する資本コストの割合です。
- メリット: 事業部長の関心が利益金額の増大に向けられるため、管理可能ROIで生じる目標整合性の問題が解消されます。管理可能RIがプラスになる投資は、企業の資本コストを上回る利益を生むため、事業部長が管理可能RIの増加を目指すことで、企業全体の利益増加に貢献する意思決定が促されます。
目標整合性の観点からは、管理可能投下資本利益率よりも管理可能残余利益の方が優れているとされています。
(2)事業部自体の業績測定
企業全体から見ると、各事業部はその企業にとって一つの投資対象と見なされます。そのため、ある事業部への投資を増やすべきか、あるいはその事業部を廃止して他の事業部へ投資を振り向けるべきかといった、事業部そのものの存続や投資配分に関する判断が必要です。
事業部自体の業績測定は、事業部に対する追跡可能性に基づいて行われ、事業部長の管理可能性は考慮されません。
事業部自体の業績測定のベースとなるのは、「事業部貢献利益」(セグメント・マージンと同義)です。
事業部自体の業績測定指標には、主に以下の2つがあります。
- 投下資本利益率(ROI):
- 計算式:\(\text{ROI} = \frac{\text{事業部貢献利益}}{\text{総投資額}} \times 100 \text{\%}\)
- 事業部の規模にかかわらず、他の事業部や他企業との比較に適しています。
- 残余利益(RI):
- 計算式:\(\text{RI} = \text{事業部貢献利益} – (\text{総投資額} \times \text{資本コスト率})\)
これらの指標は、企業が事業部の戦略的価値を評価し、資源配分の意思決定を行う上で非常に有効です。
【問題解説】
問1 解説 この問題は、セグメント別損益計算書における様々な利益段階の計算と、固定費の分類の理解を問うものです。各利益指標が何を意味し、どのような目的で計算されるのかを把握することが重要です。
まず、貢献利益は売上高から変動費(変動売上原価と変動販売費)を差し引いて計算されます。これは、そのセグメントが変動費を回収し、固定費の回収にどれだけ貢献したかを示す指標であり、短期的意思決定のベースとなります。A事業部であれば売上高200,000千円から変動売上原価80,000千円と変動販売費15,000千円を差し引きます。B事業部も同様に計算します。
次に、管理可能利益は貢献利益から「管理可能個別固定費」を差し引いて計算されます。この利益は、事業部長自身がコントロールできる範囲の費用のみを考慮した利益であり、事業部長の業績を測定する際の最も直接的な指標となります。管理可能個別固定費は、事業部長の権限で金額が決定できる費用であり、この段階で差し引くことで、事業部長の努力が適切に評価されます。
最後に、セグメント・マージンは管理可能利益から「管理不能個別固定費」を差し引いて計算されます。セグメント・マージンは、そのセグメントに直接帰属する全ての個別固定費を回収した後の利益であり、そのセグメント自体が企業全体にどれだけ貢献しているかを示す最終的な利益指標です。事業部貢献利益とも呼ばれ、事業部そのものの存続や投資の是非を判断する際に用いられます。計算にあたっては、各費用の性質と損益計算書における位置づけを正確に理解しておくことが求められます。
計算過程:
- A事業部
- 貢献利益: 200,000千円 – (80,000千円 + 15,000千円) = 105,000千円
- 管理可能利益: 105,000千円 – 40,000千円 = 65,000千円
- セグメント・マージン: 65,000千円 – 10,000千円 = 55,000千円
- B事業部
- 貢献利益: 300,000千円 – (110,000千円 + 20,000千円) = 170,000千円
- 管理可能利益: 170,000千円 – 60,000千円 = 110,000千円
- セグメント・マージン: 110,000千円 – 15,000千円 = 95,000千円
問2 解説 この問題は、事業部間の内部振替における「単純市価基準」の適用方法とその影響を理解しているかを問うものです。単純市価基準では、内部振替される部品に外部市場での価格(市価)がある場合、その市価をそのまま内部振替価格として適用します。
この基準の重要な点は、内部振替を「あたかも外部との取引であるかのように」会計処理する、という考え方にあります。これにより、部品を供給するA事業部は内部振替額を売上高(収益)として計上し、部品を受け入れるB事業部は内部振替額を変動費として計上します。それぞれの事業部が、あたかも外部企業と取引したかのような形で業績を測定できるため、内部振替の有無にかかわらず、各事業部の貢献利益が外部取引の場合と同じ結果となります。
したがって、この方法を用いることで、各事業部の業績を正しく測定できるだけでなく、A事業部は外部に売るか内部に振替えるか、B事業部は外部から買うか内部から受け入れるかという意思決定を、企業全体の利益に合致した形で下しやすくなります。問題では、部品Xの市価120円が内部振替価格となるため、A事業部はこの価格で500個を売り上げ、B事業部はこの価格で500個を部品原価として負担することになります。
計算過程:
- 内部振替価格: @120円 (単純市価基準)
- 内部振替額: @120円 × 500個 = 60,000円
- A事業部
- 売上高(内部振替額): 60,000円
- 変動売上原価(変動製造原価): @70円 × 500個 = 35,000円
- 貢献利益: 60,000円 – 35,000円 = 25,000円
- B事業部
- 製品Yの売上高: @250円 × 500個 = 125,000円
- 変動売上原価(内部振替額): 60,000円
- 変動費(製品Yの加工に関する変動費): @80円 × 500個 = 40,000円
- 貢献利益: 125,000円 – (60,000円 + 40,000円) = 25,000円
問3 解説 この問題は、内部振替価格の決定基準の一つである「市価差引基準」の適用方法を理解しているかを問うものです。市価差引基準は、単純市価基準と同様に市価をベースとしますが、内部振替が行われることで供給事業部が節約できる特定の費用(通常は変動販売費)がある場合に、その節約額を市価から差し引いて内部振替価格を決定します。
A事業部が部品Xを外部に販売する場合に発生する変動販売費@10円は、B事業部に内部振替することで発生しないため、この@10円が内部振替価格の計算から差し引かれます。これにより、内部振替価格は市価@120円から変動販売費@10円を差し引いた@110円となります。
この基準の目的は、内部振替による効率性向上やコスト削減のメリットを、内部振替価格に反映させることにあります。供給事業部が外部販売時に比べて費用を節約できる場合、その節約分を内部振替価格に織り込むことで、内部取引がより有利になるようにインセンティブを与えることができます。同時に、受け入れ事業部にとっても合理的な価格設定となります。結果として、内部振替が企業全体の利益最大化に貢献するような意思決定を促すことが期待されます。
計算過程:
- 内部振替価格: @120円 (市価) – @10円 (変動販売費) = @110円 (市価差引基準)
- 内部振替額: @110円 × 500個 = 55,000円
- A事業部
- 売上高(内部振替額): 55,000円
- 変動売上原価(変動製造原価): @70円 × 500個 = 35,000円
- 貢献利益: 55,000円 – 35,000円 = 20,000円
- B事業部
- 製品Yの売上高: @250円 × 500個 = 125,000円
- 変動売上原価(内部振替額): 55,000円
- 変動費(製品Yの加工に関する変動費): @80円 × 500個 = 40,000円
- 貢献利益: 125,000円 – (55,000円 + 40,000円) = 30,000円
問4 解説 この問題は、事業部長の業績測定指標として「管理可能投下資本利益率(ROI)」と「管理可能残余利益(RI)」を用いた場合の意思決定の違い、特に**「目標整合性」の問題**を理解しているかを問うものです。
P事業部長は現在、管理可能投下資本利益率(管理可能ROI)で評価されています。新規投資案の実行により、P事業部の管理可能利益は増加しますが、同時に管理可能投資額も増加します。ここで重要なのは、新規投資案のROIが既存のP事業部のROIよりも低い場合、P事業部長は自身の評価指標が悪化するため、企業全体にとって望ましい投資であっても、その投資を拒否する可能性があるという点です。これがROIのデメリットである「目標整合性の問題」の一例です。
一方、「管理可能残余利益(RI)」は、管理可能利益から管理可能投資額に対する資本コストを差し引いて計算されます。RIは絶対額で利益を示すため、RIが増加する投資は、その投資が企業全体の資本コストを上回る利益を生むことを意味し、企業全体の利益向上に貢献します。したがって、事業部長が管理可能RIの増加を目標とすれば、自身の評価向上と企業全体の利益最大化が一致する、すなわち目標整合性が保たれることになります。問題では、それぞれの指標で計算を行い、P事業部長と企業全体の立場からどのような判断が下されるかを比較します。資本コスト率は、資金調達にかかる費用を考慮するための重要な要素です。
計算過程:
- 新規投資案実行前のP事業部の管理可能投下資本利益率(ROI)
- \(\text{管理可能ROI} = \frac{\text{管理可能利益}}{\text{管理可能投資額}} = \frac{90,000千円}{600,000千円} = 0.15 = \textbf{15%}\)
- 新規投資案実行後のP事業部の管理可能投下資本利益率(ROI)
- 新規投資による管理可能利益増加額: 18,000千円
- 新規投資による管理可能投資額増加額: 150,000千円
- 実行後の管理可能利益: 90,000千円 + 18,000千円 = 108,000千円
- 実行後の管理可能投資額: 600,000千円 + 150,000千円 = 750,000千円
- \(\text{実行後の管理可能ROI} = \frac{108,000千円}{750,000千円} = 0.144 = \textbf{14.4%}\)
- P事業部長の判断: 現在の15%から14.4%に低下するため、管理可能投下資本利益率を重視するP事業部長は新規投資案を実行すべきでないと判断します。
- 新規投資案の管理可能残余利益(RI)への影響額
- 新規投資による管理可能利益増加額: 18,000千円
- 新規投資による管理可能投資額: 150,000千円
- 新規投資による管理可能投資額に対する資本コスト: 150,000千円 × 8% = 12,000千円
- 新規投資による管理可能残余利益の増加額: 18,000千円 – 12,000千円 = 6,000千円
- 企業全体の判断: 新規投資案による管理可能残余利益の増加額がプラス(6,000千円)であるため、この投資は企業全体の資本コストを上回る利益を生み出します。したがって、企業全体としては新規投資案を実行すべきと判断します。
問5 解説 この問題は、企業全体から見た事業部自体の業績測定指標である「投下資本利益率(ROI)」と「残余利益(RI)」の計算を問うものです。事業部自体の業績測定では、事業部長の管理可能性ではなく、その事業部にどれだけの投資がなされ、それがどれだけの貢献利益を生み出しているか、という「追跡可能性」が重視されます。
「事業部貢献利益」は、その事業部に直接追跡可能な全ての収益から変動費と個別固定費を差し引いた、事業部そのものの最終的な収益力を示します。一方、「総投資額」は、その事業部を運営するために投下されているすべての資産を意味します。
ROIは収益性を比率で示すため、異なる規模の事業部間や、同業他社との比較評価に適しています。高いROIは、投下された資本に対して効率的に利益を生み出していることを示します。
RIは絶対額で利益を示すため、資本コストを考慮した上での純粋な利益貢献額を評価するのに役立ちます。RIがプラスであれば、その事業部への投資は企業が負担する資金調達コストを上回る価値を生み出していることになります。これらの指標は、経営陣がどの事業部に資源を重点的に配分すべきか、あるいは事業部の継続・廃止を検討する際の重要な判断材料となります。
計算過程:
- C事業部 投下資本利益率(ROI)
- \(\text{ROI} = \frac{\text{事業部貢献利益}}{\text{総投資額}} = \frac{55,000千円}{400,000千円} = 0.1375 = \textbf{13.75%}\)
- C事業部 残余利益(RI)
- \(\text{RI} = \text{事業部貢献利益} – (\text{総投資額} \times \text{資本コスト率})\)
- \(\text{RI} = 55,000千円 – (400,000千円 \times 10%) = 55,000千円 – 40,000千円 = \textbf{15,000千円}\)
【まとめ】
ポイント5:事業部自体の業績測定 事業部自体は企業全体の投資対象であり、「事業部貢献利益」(セグメント・マージンと同義)をベースに業績を測定します。指標としては「投下資本利益率(ROI)」と「残余利益(RI)」があり、事業部の比較には投下資本利益率が適している場合があります。
ポイント1:セグメントと貢献利益 セグメントとは企業活動を区分した単位であり、直接原価計算により売上高から変動費を差し引いた「貢献利益」を計算することで、各セグメントの収益性を把握し、意思決定に役立てます。
ポイント2:固定費の段階的差引計算と分類 固定費は「個別固定費」と「共通固定費」に分類され、セグメント別損益計算では貢献利益から個別固定費を差し引いて「セグメント・マージン」を算出する段階的差引計算が特徴です。個別固定費はさらに短期計画目的で「マネジド・コスト」と「コミッテッド・コスト」に、業績測定目的で「管理可能固定費」と「管理不能固定費」に分類されます。
ポイント3:内部振替価格の意義と市価基準の優位性 事業部間の内部取引に用いられる価格が「内部振替価格」であり、これは各事業部の意思決定や業績測定に大きな影響を与えます。内部振替品に市価が存在する場合、目標整合性を保ち、各事業部の業績を正しく測定できるため、「市価基準」を用いることが望ましいとされています。
ポイント4:事業部長の業績測定と管理可能残余利益(RI) 事業部長の業績は「管理可能利益」をベースに測定されます。指標として「管理可能投下資本利益率(ROI)」と「管理可能残余利益(RI)」がありますが、ROIは目標整合性の問題を引き起こす可能性があるため、目標整合性の観点から管理可能RIが優れているとされます。管理可能RIは、管理可能利益から管理可能投資額に対する資本コストを差し引いて計算されます。